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心には残っている [フライフィッシング]

一昨日と昨日にかけて、今年の解禁を迎えてきた。
場所は福島県の浜通り。
二日とも天気には恵まれたのだが、調子に乗って高度を上げていったらご覧の通りだ。
前日に降った雪が残っていて、何とも寒々としていた。

080403001.jpg

しかし旧い携帯で撮った如き、何とも酷い画像だ。
これでも精一杯画像処理をしてみたのだが、他のデータは何が何だか判らなかったり、そもそも殆ど写っていなかった。
最近デジカメの調子が悪く騙し騙し使っていたのだが、もうこれは見切りをつけるしかなさそうだ。
だって、下手に修理するよりは、新しいのを買ったほうが確実に安上がりだろうから。

ところで肝心の釣果だが・・・写っていなかった。
でも私の心の中には鮮明にイワナの姿が残っているのだ。

秋は空 [フライフィッシング]

今日、突如休めることになったので、釣りに行ってきた。

今年の終わりだと言うこともあり、何時もの渓がより美しく見えた。

しかし毎年の事ながら秋は難しい。まるで空き家のような流れに苦労した。詳しくは体力が復活するであろう数日後に・・・

今日はとにかく疲れた、日帰りの会津釣行で。

これのサイズが精一杯だった。

 


深まる秋 [フライフィッシング]

先日(9/21)今シーズン最後の釣行に出かけた。勿論会津に。

例によって前日から移動し、何時もの車内泊を決め込んだのだが・・・もはや涼しいを通り越し、明け方なんか寒くって目が覚めてしまう。これはAM5:30頃の画像だが、車外温度は10℃を下回っていて少々驚いた。ちなみにここの標高は大体700M程度、服を着込んで再度寝袋にもぐりこんだのは言うまでも無い。だってまだ数時間は経たないと釣りにならないだろうからね。

 

やっぱり二度寝って寝過ごすんだな~再び目が覚めたときは10時を過ぎていた。でも空気は先ほどとは違い、まろやかな温もりを感じさせる。平日だしこんなのんびりした感じで良いのだ。

例年の常、この時期の釣りには難しさを覚悟している。今回もフライに反応する魚の数自体は結構多いのだが、どうにも小さすぎる彼らじゃフッキングには至らない。いや、フッキングなんかしてくれなくていいのだが、ごく稀に掛かってしまうと申し訳なくさえなる。何せ十センチにも満たない痛々しい姿なのだから。こんな状況が小一時間ほど続き、殆ど釣欲が失せかけていた頃、こいつが来た。

ヤマメと見まごうほどの俊敏なアタック、やっぱりこの時期の魚はヘンなんだな。しかし直後に伝わってくるトルクフルな引き加減は、紛れも無くイワナのそれであり嬉しくなった。この手ごたえを心に刻み、もうこれで釣りは終了だ。

渓よ、今期もありがとう。 

時間はちょっと違うが、これは前回の釣行時とほぼ同じ場所で撮った蕎麦畑の画像だ。収穫はもう終えていて、ほんの一月程で既に深い秋を感じさせる。今年も檜枝岐村の新蕎麦祭りに行くつもりだが、その頃にはもう冬の色合いが濃いだろう。

やはり会津の秋は短い・・・


アキアカネ [フライフィッシング]

八月の最終日、会津で釣りをしてきた。

場所はと言えばこんな感じの渓、私が得意とする藪っぽい流れである。ただ別に特殊な場所なんかではなく、普通にアクセス出来る林道から気軽に降りられる。だけど居るんだな~やっぱり、こんな一見頼りなさげな流れでも、枯れる事無く安定したそれであればね。勿論放流の対象外河川だから釣れる岩魚が綺麗なのも嬉しいし、何よりこんなところに来る釣り人は少ないのでのんびりと釣りを堪能できる。とは言ってもねぇ、会津ではねぇ、一匹でも釣れれば十分なので、場合によっては一時間も釣りしない事だって珍しくないが・・・

さて、これがここの岩魚である。

ニッコウにアメ系が混じったような、正に南東北の岩魚って感じだ。こんなのが釣れちゃうとしばらく写真を撮ったりしてもう満足、今回も入渓して一時間経っていないなぁ。

でも良いのだ。

ウエーダーを脱ぎ、流れの囀りを聞きつつ辺りの景色を眺め、渓を伝う風を感じる。そろそろ何時もの蕎麦屋に行こうか・・・

昼食後温泉を求め移動中、あくまでも爽やかな風に蕎麦の香が乗っていた。ふと見ると可憐な蕎麦の花を背にアキアカネ、もう標高600M程度のこの辺りまで下りてきたのか。

夏よりさらに短い秋の終わり頃、この界隈は新蕎麦で賑わう。


伝右川 [フライフィッシング]

今シーズンの釣行は未だ三回、毎年のように年間釣行数十回を実践していた私にとって、例年に無く異常?な事態だ。ちなみに昨日も仕事だったが、思いのほか速く終わったため、家の近くを流れる伝右川を眺めながら歩いていたら目を疑うような状況に遭遇した。

夥しい数の鯉が生活廃水路とでも言うべき流れに群れている。もしや釣りたい病が極度に悪化したため幻でも見ているのか・・・いや違う、紛れも無く鯉が泳いでいる、それもかなり良いサイズで揃っていた。何でだろう、産卵の時期とは違うし。たとえそうだとしても、本流に当たる綾瀬川から遡ってくる鯉はここまで群れては居ないし、第一このように定位なんかしていないぞ。そう、何が目的化かは不明だが定位しているのだ。

しかしこれを眺めているとむらむら釣欲が沸いてきて、あっという間に家からフライロッドを持ってきてしまった。ただ郊外の住宅地を流れるこんな状況の川だから、やっぱり多少の恥ずかしさはあったけどね。

んなことは言ってられない、釣欲を少しでも静めるためためにはフライを打つべし!打つべし!!打つ・・・あれっ?見向きもしない

鯉の鼻面にフライを何度通過させても、みーんな無視するのみ。何故なのか訳が分らない。そんなこんなしているうちフライをピックアップする際、鯉の背鰭にフックをスレ掛させてしまい、猛然と下流に走られてしまう。大きさは80cm程度だろうか、スレだった事も有り#6ロッドではその突進を止めることは無理だ。リールが悲鳴のようなけたたましいドラグ音を上げ、そして3xティペットは呆気なく切れた。

軽い脱力感に見舞われていると、延べ竿を携えたオヤジがやってきて、なんとカラ鉤で鯉を引っ掛け始めた。私が呆気にとられていると「こいつら酸欠でここに群れているんだよ。だから餌なんか食わないからなっ」だって。そう言われれば大きな流れ込み(上画像の左側)から上流には、一匹の鯉も居ない。そうか、ここのところの急激な水温上昇で、本流から溶存酸素を求め上ってきたんだな。全て納得。

しかし私にはそんな息苦しがっている鯉をこれ以上弄ぶ気にはなれず、そそくさと家に戻りPCを立ち上げた。何故これほどまでに魚が居るのかが非常に疑問で、それを解決したかったからだ。確か綾瀬川(支流のここ伝右川も含め)は都市河川の典型で、その水質の酷さは常に全国ワーストのトップクラス、昔はとても魚が棲めるような川ではなかったはず。しかし近年浄化設備が功を奏し、一時期よりはかなり水質が改善されてきたとも聞いている。それでもここまで魚が棲めるまでになったとは正直驚いた。

それとこれを機に改めて河川関連のリンクを辿っていると、関東地方の河川に関するあやふやだった知識を正してもくれた。しかし凄いね、坂東太郎の異名を誇る利根川だって、結局は人間に操られていたんだ。東京湾に注いでいた河川を、遥か離れた千葉と茨城境の銚子まで持って行くとは・・・


復活? [フライフィッシング]

明日からまた二週間ほど出張なので、スポット的に空いた今日、釣りに行った。

私の場合、突然仕事になったり休みになったりが珍しくないため、行けると思った時に行かないと後悔する。そう、躊躇していると結局だらだら過ごす休日(一応)となってしまうからだ。

何処に行こうか迷いつつ何となく東北道に乗って、矢板を過ぎた辺りで「う~~~ん、会津にするか」程度で行き先を決めたんだけど・・・

なんとこれがドンピシャ当たった。皆さんご存知のように、会津なんてーのは人は多いし魚は少ないし、何の間違いか魚が居てもスレスレのイケズなのが当たり前だ。それが解っているから半分温泉にでもつかりに行くつもりでいたが・・・なんと入れ食い!

えっ、マジ?って思いながら、こんな美しい岩魚が飽きるほど釣れた一日だった。しかし会津、何でこんなに釣れるようになったんだろう。

 

えー動画もあります、こんな感じの渓ですが。


模様 [フライフィッシング]

昨日今日と浜通りで釣りをしてきた。

 

これほど真面目に釣りをしたのは、本当に久しぶりだ。
初日の午前中は高瀬川、午後は夕刻まで浅見川で楽しんだ。
しかし予想していたとは言え、連休に散々攻められただろう踏み跡も生々しく、
さらに気温が平年より低めだったので魚の活性はあまり良くなかった。
いや、状況が良くないほど真面目に釣りをするタイプなので、
やけに燃えてしまった自分である。
それでもそこそこ釣れたし、本当に充実した一日であったと思う。

反面今日のよう気温が上昇し、状況も良くなると何時もの自分に戻ってしまう。
岩魚を釣る目的を果たしてしまったら、何時ものもうどうでも良いや状態だった(笑)。
だってこんな惚れ惚れするような姿態を拝めたのだから・・・

兎に角今日は好調で、一人で釣りながら動画を撮る気にさえなった。

 http://www.ne.jp/asahi/sun/say/iwanahit.wmv

疲れたのでもう寝よう、なんだか幸せ・・・


フライフィッシングって難しい釣り?(5) [フライフィッシング]

そろそろまとめに入りたいとは思っているのだが・・・

 要するに渓魚達は「餌らしき物」が自らの捕食ゾーンを通過する際、
後で後悔するよりもとりあえず喰らいついてしまうのだ。
生き残る、ために。
そして口の中で餌ではないと判断したものだけを吐き出す。
しかしその判断は結構怪しいようで、
本来の餌では無いものも胃に送り込んでしまうのだ。
吐き出したのがもしも本当の餌だったら悔しいし・・・
って感じなんだろうな。
実際、我々は釣った魚の胃内容物を時々確かめるが、
そのなかに木の実の類が混じっている事も珍しくない。

だからこんな捕食行動を繰り返す渓魚を釣る場合、
とりあえず魚に、喰らいつく動作を期待するだけでも良いのだから、
「餌らしき物」である擬似餌=毛鉤で十分なのである。
勿論本物の餌を使えばより理想に近づくが、
それを採取するのは結構大変だ。

渓魚の餌となる水棲昆虫を採るには、
川底にある石裏を探らねばならない。
しかし相手も易々と捕まる訳ではなく、
また非常に冷たい水中を何度も探るのは結構辛い。
殆どの場合本物の餌は魚を一匹釣る度に、
無くなってしまったり形が崩れたりするし、
また釣れなくても餌だけ取られてしまう事が多い。
要するに、釣りたい魚の数以上の餌を適宜集めなくてはならないのだ。
本物ゆえ生きの良さが身上なだけに。
その上季節によっては身を切られるような冷たい流れを
都度我慢する必要に迫られる場合もある。

それに対し毛鉤はそういった現場での煩雑さがほぼ必要ない。
適切に造作された毛鉤を上手に使いこなせば、
驚くほど「餌」に対する手間が省けるのだ。
たとえ結構ラフに一日中釣りをしても、
二桁に達する毛鉤の消費なんて稀だろうし、
ちょっと気を使ってやれば数個で済む日も珍しくない。
それもこの「餌」は予め用意し蓄えておけるため、
限られた現場での時間を釣りそのものに傾倒できる。
そう、冷たい水を我慢しながら餌を探す時間など必要ないのだ。
現に最近の自分なんぞ朝イチに結んだ毛鉤が、
釣りの終了時までそのまんまなんてのもよくある事だしね。

整理してみよう。
ある特殊な条件に狂わされた魚に対しては、
明らかに毛鉤が優位となる場合も稀ながら確かに有る。
だが、純粋に(擬似)餌を投じた数とそれで釣れた割合を比較すれば、
殆どの場合に於いて疑似餌より本物の餌が有利だろう。
当然だ。
しかしどうだろう、ある一定の時間内に効率よく獲物を捕らえるには、
どちらの餌を選択するのが賢いのか。
単純な比較では明らかに効率が悪いと思えても、
トータルで判断すれば自ずと毛鉤釣りを選ぶのではなかろうか。

プロであるマタギにとって毛鉤で十分なら十分なのだし。

ふう~、やっと何故マタギが毛鉤釣りを選んだか、まできた。
しかし未だに我が国で毛鉤釣りが発祥した頃の話に過ぎない。
毛鉤釣りを確立させた近代職漁師についてや、
更に、現在の渓流釣り事情を踏まえつつ、
核心である「フライフィッシングってそんなに難しくないよ」、
について展開していこう。


フライフィッシングって難しい釣り?(4) [フライフィッシング]

とうとう(4)だけど、早速はじめよう。

 

マタギは山の中で貴重な蛋白源を得るため、
釣りによって渓魚を捕らえていた。
しかも餌でなく毛鉤を主に用いて。
そう、正確には場合によって餌釣りも行っていたようだが、
割合としては毛鉤に頼る場面が多かったみたいだ。

何故だろう、この事実を知った自分も最初は理解し難かった。
ただ渓流のフライフィッシングを進めるうちに、
そうか、なるほどな、と解ってきたのだ。
渓魚とそれを取り巻く環境の特殊性が関与し、
他の一般的な釣りとは違うんだな、と言う事が。

山女や岩魚の棲む流れに、
あまり他の魚類は見当たらない。
特に河川最上流部(流れが枯れるようではダメだが)に棲む岩魚は、
ほぼ流れを独占していると言っても過言で無いほどだ。
いや、独占しているのではない、
こんな場所で生活できる魚が他に居ない、
これが正確な表現だろう。
一年のほぼ三分の一を雪と暮らし、
肉食である彼らの主食(水棲昆虫類)が、
流れの中に存在するのも年の半分程。
こんな所に誰が住まおうとするものか。

雪が融け始めやっと小さな小さな蚊の仲間が、
弱々しく水中の岩裏から這い出て水面から羽化する頃、
何ヶ月も断食状態だった渓魚達は久しぶりに口を使う。
厳しい冬を耐え抜き生き存えた彼らは、
痩せ細り体色も輝きと生気が失われている。
我々はこの時期の渓魚を「サビ」ていると表現するが、
あの感動するほどの美しい姿態は失せていて、
正に錆びたナイフのような鈍重さが痛々しいほどだ。

腹の足しになるのか解らないような小さな餌を
健気・活発に追うことから始まり、
暖かくなるほどにカゲロウやトビケラの幼・成虫を食し、
彼らは秋の産卵に備え活力を増してゆくのだ。
そしてこれらの餌の殆どが渓流の早い流れに乗って、
しかも食われまいと素早く行動している。

渓魚達に餌かどうかじっくりと品定めしている猶予は無い、
一瞬の俊敏さで臨まなければ食いっぱぐれるだけだ。

こんな魚を釣る場合・・・
そろそろ結論が見えてこないか。


フライフィッシングって難しい釣り?(3) [フライフィッシング]

(2)からズイブンと間があいてしまったけど(3)だ。



このシリーズは単に「フライフィッシングってそんなに難しくないよ」、
って事を伝えたいのだ。
しかし出来るだけ誰にでも解りやすくと書き始めたら、
何時の間にか第三編目にもなってしまった。
更に本編で解説を完了出来そうも無い気がする。
当方の伝達力が如何に頼りないか思い知るのみだが・・・

とにかく前回の続きである職漁師の毛鉤釣りを中心に、
とりあえず少しずつでも話を進めていこう。

凡そ数百年前かもっと昔、
山に暮らしその幸を生活の糧とする、マタギと呼ばれし先人達が居た。
過去形にするのは妥当でないとのお叱りを受けそうだが、
「専業」マタギがほぼ居ない現在を踏まえての事である。

彼らは衣食住の全てを山から得ていたので、
当然そこに棲む渓流魚類も食のターゲットであり、
逆に場合によっては貴重な蛋白源であった。
熊や鹿・猪等の獣類を捕らえるのが困難な時、
要は季節や状況次第では魚に頼るしかない事も多々有った筈だ。
そんな彼らが強い警戒心と俊敏さを身上とする、
複雑な流れに潜む岩魚や山女を捕らえようとした場合、
その手段として使っていたのが釣りである。

「はあ?もっと効率の良い方法が有るんじゃないの、
そんなチマチマしたやり方じゃなくって」
勿論有る。
毒を流したり、流れを干すと言った荒業が。
最近では発電機を山に持って上がり、
電極を流れに突っ込むなんてハイテクも有る位だし。
まあ、発電機は置いといて・・・
当然それらの方法はマタギだって知っていた筈だ。
しかし彼らにとって山は生活の全てを与えてくれる存在であり、
それに対しいかにも場当たり的である荒業を用いると言う事は、
長い目で見ると自分の首をしめる仕業でしかない。
悠久なる絶妙のバランス上で成り立ちし自然を壊せばどうなるか、
現在の我々よりよほど理解していたマタギなのだ。

だから出来るだけ魚や自然にローインパクトで、
必要最小限の漁をするために釣りを用いた、が。
それでもまだ釣りなんて、と思う方も居るだろう。
当然だ。
現在・・・、
釣りなんてーのは遊びが殆どだから至極無理からぬ事であり、
またそんな人を簡潔に納得させる術は見当たらない。
「マタギは生活を釣りに託していた」と言う現実以外は。

じゃあ釣りが理に適っているとしよう、
だけど何で餌じゃなくって毛鉤なの、って思われるだろう。
確かに誰が考えてもニセモノである毛鉤なんかより、
本物の餌のほうが釣り易いと思うよね。

ああ、職漁師どころか毛鉤釣りへの言及にさえ至ってない。
しかしまたもや力尽きてきたのだ。

それでは次回に・・・


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